善性
くんくんと私たちが使う言葉について話していた。
二人とも汚い言葉や流行言葉が好きではない。
かといって正しい日本語だけを話したいということではなくて、
感覚の問題だ。
日本語は移り変わりが早いので、今、流行っている旬の言葉みたいなものがある。
多くの人がそれを使い出す。
そしていつの間にか古くなる。
「あなたも汚い言葉は好きじゃないでしょう?」
生まれた時からずっと一緒にいるので、本当に腹が立った時でも、
私がそういう言葉を言わないのはくんくんは知っている。
うん、そうだね。
なんでかな?なんかあんまり好きじゃないんだよね。
「善性の問題だよ。 育ちがいいわけじゃないのに品がいい。」
「性根。」
くんくんは当然、私の生い立ちも知っているから、いわゆる”いい家”に生まれたわけでもないことも知っている。
いろいろ苦労して育ったことも知っている。
他の人から”育ちがいいわけじゃない”
と言われるとさすがにムッとするかもしれないが、
くんくんに言われると字面通りでなんの悪意も他意もないので
すーっと聞ける。
”善性”か。
「あなたは人が悲しんでいる時に同じように悲しい気持ちになるか、
良くなればいいと願うでしょう?
世の中にはそうじゃない人もたくさんいるんだよ。」
信じられないけど、”人の不幸は蜜の味”などという言葉が存在するくらい
だから、そういう心の動きがあるのは確かなんだろう。
「人の不幸を面白がる輩が特に匿名性の高いネットの中には
うじゃうじゃいるよ。
日本人は陰湿だからね、自分の正体が誰だかわからないところでは
特にそういう質を出す。」
とあるネットの掲示板の話題になり、一応私も知っているけど
見ていると気分が悪くなるのであまり見ないという話から
ネットの言葉遣いの話になる。
(笑):かっこわらい
今、フルではあまり使わなくなったけど、冗談だとわかってもらうためや
伝わりにくいニュアンスを伝えるために、あえて
”笑。” だけ使うこともある。
でも”w”は好きじゃないんだよね、なんか。
そういうと
「”w” は人を馬鹿にしているニュアンスがある。
wwを見ると除草剤まいてやろうかと思う。」
とくんくん。
ご存じない方のために一応補足。
w=waraiの略=草に見える
草←除草剤。
くんくんも好きじゃなかったんだね。
そういうところ、似てると思う。
笑いはたいてい自分への自虐か他人、
つまり、誰かの失敗が必要だと弟が以前言っていたけど
お互いが楽しくなる笑いと、一人だけ笑ってる嘲笑の違いがあると思う。
そうか、だから自分は使わないんだな、あえて。
そう気付く。
ふだんの何気ない会話では簡単に返信するけど、
そういうことの積み重ねで人との関係はできていくことを考えると。
手紙からメールになってやりとりの感覚が短くなって
メールからLINE(私たちはやらないけれど)やメッセンジャーなど
になって朝早いとか夜遅いとか時間も気にしなくなって
もっと頻繁になって
だから一言二言で会話が終了するようになって。
便利だなと思うけれど
便利と引き換えに失うものはここにもあるんだと思う。
その人のやり方でいい。
時代後れな感じでもいい。言葉が最新だから何だというのだ。
私の母などいまだに
”だってもヘチマもない”
”結局薬局”
”わたし○○な人だから”
と前置きするが、もう母はそういう人だからそれでもいい。
言葉に癖がありすぎて誰がそれを言ったかその場にいなくてもわかるくらいだ。
簡単でもいいし、挨拶が長ければ丁寧なわけでもないので
とにかく、自分の中の善性が穢れないように生きていきたい。